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さよなら 夕張線

2019.3.31。炭都・夕張の盛衰を見守り続けてきたJR石勝線夕張支線)が127年の歴史に幕を下ろしました。かつては夕張本山をはじめ、大夕張や真谷地などの炭鉱から数多くの石炭列車がこの夕張線を経由して室蘭港などへ運び込まれ、本州へ輸送していました。しかしエネルギー革命の名に取られ石炭産業は衰退。ヤマは次々と閉山し、国鉄からJR北海道へ引き継がれた石勝線も、名称上幹線だけど実質は地方交通の最たる盲腸線。国道も線路と併走しているから廃止は時間の問題だろうとずっと思っていました。当時の夕張市長(現北海道知事)による、いわゆる「攻めの廃線」にも納得せざるを得ない状況でした。廃線決定後何度が沿線に出向きましたが、通えば通うほどその沿線の魅力を再発見してしまうという皮肉を痛感しました。

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実は廃止当日まで京都へ修学旅行に同行。お昼には撮影が一通り終わるので、依頼主と先生方に許しを得て、最後の見学地清水寺にて一行と別れ、急いで京都駅へ行って関西空港行き特急「はるか」に飛び乗り、関西空港から新千歳空港までJALで高飛び!そしてレンタカーで夕張へと急ぎました。遅れもなくスムーズに移動できたおかげで最終一本前の列車を新夕張駅発車直前に間に合うことができました。

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鉄道が町から消える最後の日の夕暮れを鹿ノ谷駅で見送りました。この駅もかつては夕張鉄道の発着駅であり、石炭列車が行き来した広い構内がありましたが、雪や木々で覆われて往時を偲ぶことは難しいでしょう。

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そして運命の最終列車。友人に脚立を借り、ベストポジションで運転手への花束贈呈や新夕張駅長の出発合図を撮ることができました。お昼のお別れ式が撮れなかった分これを撮るがために関西から駆けつけたのですから。

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最終列車が去った後即線路や駅を閉鎖する作業が始められました。何度となく通った清水沢駅の看板が外されるととてつもない虚無感に襲われてしまいました。

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もう二度と列車が走ってこない線路。レールに耳を当てれば、気動車がゆっくり走る音やデゴイチ牽引石炭列車が豪快に走る音が聞こえてくるだろうか。

※いずれもNikon D850 / AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VR
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[ 2019/04/01 21:00 ] BLOG | TB(-) | CM(0)

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